ヘッケルトロンボーンと
ドレスデンの響き

ヘッケルは、トロンボーンにおいても非常に優れた楽器を製作しています。その当時は、ザクセン宮廷管弦楽団やドレスデン・フィルハーモニー他、ドレスデン近郊のオーケストラ・軍楽隊、ドレスデンの音楽学校出身のプレイヤーが主に使用していました。

ヘッケルのトロンボーンは、その音色やキャラクター、製作コンセプトにお いて、ザクセン宮廷管弦楽団及びその本拠地であるゼンパー歌劇場と密接な関 わりがあると私は思います。ザクセン宮廷管弦楽団は現在のザクセン州立シュ ターツカペレ・ドレスデンの帝政時代の呼び名です。このオーケストラは、ア ンサンブルの質の高さとともに独特の洗練された演奏様式、響きに対する理念 を持ち、450年の歴史を誇る伝統あるオーケストラです。ベートーヴェンは 「ドレスデンの宮廷楽団はヨーロッパで最も良いオーケストラということは大 方の意見である」と記され、ワーグナーは「この王室楽団は『驚異の竪琴』で ある」と言い、R・シュトラウスは『世界最高のオペラ楽団』という言葉を残 しています。

ヘッケルの初期のトロンボーンは、その仕様や外観から宮廷御用達製作者の 楽器に近いものがあり(例えば、ペンツェルやエッシェンバッハ)、それらの 影響を少なからず受けていると思います。おそらくヘッケルはそれら宮廷御用 達製作者のコンセプトを踏まえてトロンボーンを開発し、時代のニーズに合わ せ、独自に発展・改良したのであろうと私は思います。1889年にザクセン 宮廷御用達製作者の称号を受け、その後50年近くに渡りこのオーケストラを 支える楽器となります。

次にヘッケルのトロンボーンは、ゼンパー歌劇場のための楽器とも言えると 思います。前述のように50年近くもこのオーケストラがヘッケルの楽器を使 い続けたのは、ゼンパー歌劇場のような音響が複雑に反射する「ハコ」におい て最適な楽器であり、聞き手に音楽を伝えることに優れた楽器であったからだ と思います。

ヘッケルのトロンボーンは、そのコンセプトは今日においても通用するほど のものがあり、客観的に見ても優れた名器であるにもかかわらず、ドイツにお いてもドレスデン近郊以外でメジャーに広まらなかったのは、「ハコ」とそれ ぞれのオーケストラが持つ「響きの理念」(響きに対する価値観)の違いであっ たと私は考えています。

あるいはトロンボーン製作においてヘッケルは、ドレスデンのプレイヤーのニーズに応えた楽器製作を多く行っていたのかもしれま せん。ただそのプレイヤー達(例えば、ドレスデンの伝説的トロンボーンの名 手コンラート・ブルンスなど)が、非常に卓越した技量を持っていたので、彼 らの要求を満足させるためにヘッケルによって作られた楽器は、クオリティー も自他が認めるほどの高いものであったということでしょう。

加えてヘッケルの工房は、クルスペのような大きな工房ほど生産本数が多くなかったことが上げられます。なぜならヘッケルの工房は、少人数で手間を惜しまず時間をかけて一本一本製作していたからでした。

ヘッケルのトロンボーンは、私にとっては非常に感動的で素晴らしい響きが する楽器で、時代を超えても普遍的に評価されるキャラクターがあると思いま す。また、プロ奏者でも納得するほどの魅力と感動、及びクオリティーの高さ もヘッケルにはあります。このようなフィーリングは、吹いてみないとわから ないものですが、ドイツトロンボーン愛好家にとっては、一度は吹いてみる価 値があるマイスターだと思います。

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