ヴィンテージまたはオールドのドイツトロンボーンで、最もポピュラーかつ入手しやすい有名なブランドはクルスペですが、意外とモデルのラインナップについては知られていません。ここでは私がリサーチしたことや1930年前後のカタログを参考にし、どのようなモデルが製作されていたかをご紹介します。
ベルリンの名手パウル・ヴェシュケの監修を得て作られたテナートロンボーンです。カタログによると、スタンダードな設定はボアサイズが11ミリ代でEnge Mensur, nicht Konisch gebaut とあり非常に細いボアでデュアルボアでないことが記されています。
ボアの細い割りにはベル径が22センチくらいと比較的大きく、クローネンクランツ(12センチくらいの幅の広い響き止め)が一般的に付いています。このモデルはテナーボーゲン(主調節管)が抜き差しできない固定式で作られていました。
稀にオリジナルで調節管システムが付けられているものがありますが、ほとんどの場合後世の人による改造が多いと思います。私が今までリサーチした中では、ベル支柱が2本のもの、クランツ無しのもの、交換式F管ボーゲン付のものを確認しています。
このモデルは上吹き用のデュアルボアのテナートロンボーンです。カタログによるとボアサイズは Enge と Mittlerer の細管と中細管にあたる2種類がスタンダードであります。
2・3番用(Wechselposaunist) の太いボアを持つテナーバスのモデルも存在するようです。クランツ幅は、奏者の好みに応じたものを付けていました。
オプションとして、主調節管が抜き差しできるタイプには、交換式F管ロータリーつきの調節管がありました。
前述に紹介した19世紀後半のトロンボーン製作のスペシャリストJ・C・ペンツェルの楽器をベースとして作られたデュアルボアのトロンボーンです。テナーとテナーバスがあり、ボアサイズやクランツ幅は、奏者の好みに応じた設定にしていました。
カタログには Miletar-Instrument 軍楽隊用と書かれていて、コレクターズ・アイテムとしてはクルスペの中でもランクの低いモデルと見る人もいますが、プロ奏者でこのモデルを使用している人もいます。
このモデルは、当時のクルスペの中ではオーケストラ用として一番新しいテナーバストロンボーンです。前述のモデルよりボアが太く、デュアルボアの設定になっています。
オプションでF管のボーゲンにつけることができるEs管ロータリー替管 ( Es-Stellventil )があります。
このモデルは、バス奏者用に作られた非常に太いボア(カタログには Extraweite Mensur)と27センチ径という大きなベルを持つ1ロータリーのバストロンボーンです。
スタンダードでは蛇飾り、クランツ、主調節管が抜き差しできない固定式の設定になっています。当時のニーズでは、蛇飾りやクランツを付けると楽器がヘビーになりすぎて、倍音の豊かさやレスポンスのシャープさにおいて、好まれなかったと推測されます。
この楽器は、現存する数があまり多くないと思います。私自身も現物はまだ見たことがありません。カタログには「低音域はテューバのような豊かな音色」と書かれています。
以上、簡単に各モデルについてご紹介しましたが、上記のほかに「アメリカンジャズモデル(古いカタログには “System Lohmann”とあります)」と呼ばれるテナートロンボーンもあります。
また、カタログには掲載されていませんでしたが、アルトやF管コントラバス、フルニッケルシルバー製の楽器などは受注生産をしていたようです。
他に、クルスペの長い歴史の中では、カスタムオーダー品もあり、単にこれらのどれかと種別できないものもあります。
最後に現在でもクルスペはオールド&ヴィンテージもののドイツトロンボーンとして人気が高く、ドイツにおいてもコンディションが良く、オリジナルの主調節管システムが付いているものや太い管のF管ロータリー付のものは結構高値で流通しているのが現状です。
しかし、21世紀に入りそれらの楽器は最低でも50年近く経ってきていることやユーロ安により若干安くはなってきています。オールドに親しむ第一歩目の楽器として、お薦めできるマイスターです。
ただ、製作者のコンセプトを曲げていないもので、クルスペの醍醐味を味わって頂きたいと思います。見た目やコンディションが良くても、製作者のコンセプトを無視した改造・修理をしたものや、ひどいものになるとベルだけクルスペで、ほかは適当なパーツで組み直したものまで、稀にオールドとして扱われることがあります。
個人の楽器をどのようにしようと、あるいはどのような状態のクルスペを買うかは自由ですが、オリジナルのキャラクターを損なっていないもので楽しんで頂きたいと、私は願います。
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